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閑話休題。
間もなく4月も下旬を迎えようとする日曜日、今日は綺麗に晴れ渡り、新緑が芽吹いている並木がキラキラしています。
そんな春らしい陽気を、コロナ禍の淀んだ空気がドヨヨヨ〜ンと包んでいるような気がしてしまいます。
コロナ禍の二次弊害
人は歳を取ると「面倒くさい」と言うことが多くなります。この言葉は、自分を老化させるヤバい呪文です。
この傾向は、何度も発出された緊急事態宣言や、現在真っ只中のまん延防止等重点措置で外出自粛が求められている状況で、拍車がかかっているように思います。
こんな状況だから出かけるのはよそう、こんな状況で行動が制限されるから新しいことを始めるのはやめよう……と言っても誰も責めません。この状況がそうした判断を見事に正当化するからです。
でも、その根底には「面倒くさいから」という心理があります。本当は面倒くさくてやらないことも、コロナ禍が正当化してしまうのは、ある意味コロナの二次的な弊害といえます。
60歳からの人生後半戦を無駄にしない
人生100年時代を迎え、20歳までが学びの期間、還暦までの40年間が人生の前半戦、その後100歳までの40年間が後半戦とする考えがあります。
そして、この後半戦こそ色んな経験を生かせるボーナスステージです。そんな時期を「面倒くさい」と言ってグータラ過ごしてはなんとも勿体ないですし、ただ老化を早めてしまうことになります。
でも、「面倒くさい」という囁きが忍び寄ってくるのも事実です。心理学講座のこちらのサイトでは「面倒くさがり心理」を分析していて参考になります。
人間は何かをやろうとする意欲、興味関心、行動力が無くなったときに老け始めると言います。放置していたら脳が老化してしまいます。なんとかこれを止めなければなりません。
面倒くささを認めた上でプラスの要素を付け加える
では、どうやったら止められるのでしょうか。面倒くさいなどと思ったらダメだ、前向きに頑張れ!などという精神論では効果がないでしょう。精神論でなんとかなるのならとっくにやっているはずです。
でも、ここは自分が面倒くさがりであることを素直に認めて、それでも重い腰を上げる思考方法をとるしかなさそうです。
「面倒くさいけど、これは健康に良さそうだし家族も喜ぶだろう」
と考えるのと、
「これは健康に良さそうだし家族も喜ぶだろうけど、面倒くさい」
と考えるのではだいぶ違いがあります。
後者の思考では、結論が「面倒くさい」となってしまいます。でも前者では、面倒くささを一旦認めた上で「でもね……」とプラスのメリットを加えて結論としています。
そうすれば、「よし!やってみよう!」となりそうです。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2021.4.18記)