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「雨垂れ石を穿つ」
「雨垂れ石を穿つ」(あまだれいしをうがつ)とは、軒下から落ちるわずかな雨垂れでも、長い間同じ所に落ち続ければ、ついには硬い石に穴をあけるということから、どんなに小さな力でも、根気よく続けていればいつか成果が得られるということの例えです。
「穿つ」とは、穴を開ける、掘るという意味ですね。
類義の言葉は数多くあります。「蟻の思いも天に届く」「一念岩をも通す」「精神一到何事か成らざらん」「塵も積もれば山となる」…etc,etc
変わろうと決意した人が、最初に味わう試練
変わろうと決意した人が必ず通るのが、行動しても変化の兆しすら感じられず、悶々とする期間です。
どんな人もこの期間を短縮することはできても、ゼロにすることはできません。そして、その期間が3週間、3ヶ月と続くと、どこかで心が折れ、心が萎え、いつしか変わることを諦めてしまうのです。
例えば、ブログを始めたとします。その動機は、様々でしょう。自分の意見を世界に発信したい、人に役立つ情報を提供したい、良い製品をたくさん紹介して、できればそれでアフィリエイト収入を得たい、たくさんの人に見てもらって広告収入を得たい…etc,etc
そして、そうした望みが実現するまでは、かなりの期間コツコツとブログをアップし続ける必要があります。数週間とか数ヶ月といった単位では足りないでしょう。少なくとも1年、3年と根気強く続ける必要があります。
ブログのPVが伸びず、何万・何十万というPVを得ているブロガーを羨望の眼差しを見ているうちに、心が折れてやめてしまう・・・よくある話でしょう。
やりたい人 1万人
やる人 100人
続ける人 1人
と、言われる所以です。
自らの内面で熟成するまで淡々と継続する
変化が感じられなくても、むしろ「そういうもの」と思い、楽しむくらいの心境で、どっしりと腰を据え、倦まず弛まず力まず淡々と試行錯誤を続けたいものです。
なぜなら、試行錯誤の期間が長いほど、出口の見えない暗闇を抜けだした時の喜びが途方もなく大きなものになるはずだからです。
僕も、このブログを続ける間には、悶々とした時期がありました。でも、ある時からブログの位置付けを「未来の自分へのプレゼント」と決めてからは、PVなどの承認欲求を抑え、楽しみながら記事を書けるようになりました。
そして、過去に書いた記事数が1,000を超えた頃から、それぞれの記事が有機的に結びつき化学反応を起こしていることを感じ、確かに過去の自分からのプレゼントを受け取っているな、と実感したのです。
2014年元旦から毎日更新を続けてきたこのブログも、この年末(2023年末)には満10年を迎えるので、そのときにどんな景色が見えるのか、過去の自分からどんなプレゼントが届くのか今から楽しみにしています。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2023.6.9記)