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さて、『今日の一言メモ』第926回です。
「たゆたえども沈まず」
「たゆたえども沈まず」という言葉を目にしました。原田マハという方が書いたアート小説のタイトルだそうです。今日は、この小説の内容ではなく、タイトルに関して思ったことを書いてみます。
たゆたう=ゆらゆらと揺れる、という意味ですが、「揺れてはいるけれども沈まない」状態を指しているようです。
もともと「たゆたえども沈まず」という言葉自体は、タレブ(「ブラック・スワン」の著者)による書籍『反脆弱性』に登場するとか。
一見、弱そうに見えるほうが耐久性がある
「柳に風と受け流す」という言葉がある通り、剛構造で強風に立ち向かうと、ある閾値を超えたところでポッキリ折れてしまいますが、柔構造で受け流せば折れることはありません。
柔構造というと思い出すのが、世界最古の木造建築である法隆寺の構造です。その伝統工法は「心柱」(しんばしら)と呼ばれるものです。
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この心柱は、各層の骨組みとは関係なく立っていることにより、地震の揺れを吸収するようになっているのです。この構造は、スカイツリーの工法にも生かされているそうです。
人生に「柔構造」を取り入れる
人生も、微動だにせぬ安定を求めるほど不安定になるし、反対に、目先の安定を捨てて不安定な状態に身を置くほどに、安定性が増してくると言えるかもしれません。
今は、何が起こるか分からない時代です。自然災害や近隣諸国の不穏な動き、経済情勢の急変などなどで、いつ今の生活が急変するか分かりません。
そんな時代に鉄壁の備えをすることは不可能でしょう。できるだけの備えは必要ですが、何が起きても柔軟に対応できる精神的な備えが最も必要かもしれません。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2022.6.26記)