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さて、「今日の一言メモ」第669回です。
「コネクティング・ザ・ドッツ」
故スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチは、「コネクティング・ザ・ドッツ」(点と点をつなげる) 」というエピソードから始まります。
ジョブズが学生当時どう役立つのか分からず、自分の興味のあるままに学んだカリグラフィの授業が、後のマッキントッシュの美しいフォントを生み出したという話です。
「先を見て点をつなげることはできない。できるのは過去を振り返って、点をつなげることだけだ。だから将来、その点がつながることを信じなければならない。直感や運命、人生、カルマ、何でもいいからそれを信じること。
点がつながって道となることを信じることで心に確信を持てる。たとえ人と違う道を歩むことになっても、信じることだ。」
僕は、65年近く生きてきました。そして、過去を振り返れば、点と点がつながっているのが、まざまざと見えるようになりました。ある点はキラキラ輝いていますが、ある点はその時にはどん底まで落ち込んだように感じ輝きを失っています。
でも、どん底だと思ったのは誤りで、長〜いトレンドで見れば、上昇カーブの中で一時的に下降線を描いていただけのことでした。
過去に起きた出来事や経験した事実は変えられないが、解釈の仕方は変えられる
「過去と他人は変えられない。しかし、未来と自分は変えられる。」と言います。確かに、過去に起きた出来事や経験した事実を変えることはできません。しかし、その事実をどう捉えるかは、解釈の仕方で変えることができます。
若い頃、何回も失恋したとします。
そのことをずっと嘆いていたら、「ああ!自分はなぜもてないんだ…これまでは不遇のX年だった」となってしまいます。そうではなく「もてるために必要なことを学んできたX年」と肯定的な解釈に変えたらどうでしょう。
あるいは、数々の失恋をしたからこそ、もててもてて仕方がない人が絶対に持つことができない「もてない者の苦悩や視点」を持てたし、「もてない者の気持ち」を慮ることができるようになった、と解釈してみてはどうでしょう。
そのことが自分の強みになっていれば、苦い失恋を経験した過去を全肯定することができるはずです。そうすれば、「どうせ自分はもてない…」と自己否定に陥ることなく、前に向かって行動することができるでしょう。
「人間万事塞翁が馬」でいく
「人間万事塞翁が馬」とは、人生における幸不幸は予測しがたいという意味です。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないという例えになっています。この言葉は、中国の以下の故事が基になっています。
昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。
やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだ。
どんなことが起きても、どんなことを経験しても、そのことの意味合いは時の経過とともに変わっていくものです。なので、一時の感情で喜んだり悲しんだりすることは意味のないことになるでしょう。
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さて、今日はここまでにしますね。
ではまた!
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(2021.2.15記)