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閑話休題。
さて、今日4月4日は「あんぱんの日」だそうです。そして、あんぱんといえばアンパンマンです。そのアンパンマンのテーマソングに秘められた深い思いを今日は書いてみました。
「あんぱんの日」とは?
今から143年前の1875年 (明治8年) 4月4日、銀座木村屋が、あんぱんを明治天皇へ献上することになりました。
天皇両陛下が東京の向島にある水戸藩の下屋敷でお花見をする際、お茶菓子として、お出しするためです。
当時の経営者である木村親子は、日本を象徴する国花で、季節感を表現できる「桜」に注目して、奈良の吉野山から、八重桜の花びらの塩漬けを取り寄せ、あんぱんに埋め込んだそうです。
酒種のパン生地と餡の甘味に桜の塩漬けが絶妙で、この味なら自信を持って献上できると、木村親子は確信しました。そして「桜あんぱん」は、天皇のお口に召されました。
陛下は大変気に入り、ことのほか皇后陛下のお口に合い、「引き続き納めるように」という両陛下のお言葉を戴くことになりました。
以来、店頭のあんぱんにも桜の塩漬けがへそ押しされ、「桜あんぱん」がお目見えしたのです。このことから明治天皇に献上された4月4日は、「あんぱんの日」として記念日に認定されているのです。
アンパンマン誕生秘話
あんぱんといえばアンパンマンですが、その作者であるやなせたかし氏が人気漫画の「それゆけ!アンパンマン」を発表したのは1969年です。
当初は、継ぎの当たったボロのマントを身にまとい、お腹を空かせた人には自分の頭を差し出して食べさせ、顔の無いアンパンマンが空を飛ぶが、エネルギーを失って失速する…というキャラクターで登場。
当初その内容から、評論家や保護者、教育関係者からバッシングを受けたとか。しかし、子供向けに書いた作品が、幼児層に絶大な人気を誇るようになっていったのです。
やなせ氏が、こうした困っている人を助ける、という地味なヒーロー像を作り上げたのは、自身の悲惨な戦争体験、そして、弟が徴兵され特攻隊に志願して22才という若さで戦死した、というとてつもなく悲しい出来事があったからだそうです。
当時、やなせ氏はインタビューでこう話しています。
「スーパーヒーローが怪獣を倒すような正義は書きたくない」
「一体、何が正義なのか」
「戦死した弟は、正義のために死んだと言われる」
「しかし、戦争は勝った方が正義なのだ」
「そんなことで簡単に逆転してしまうのは、正義ではない」
「普遍的な正義とは、困っている人を助けることだと、自分は思っている」
こうして、常に困っている人を助けるアンパンマンが誕生したのです。
アンパンマンのテーマソングに込められた深い思い
やなせ氏が作詞した、アンパンマンのテーマソングには、次のような歌詞が登場します。
なんのために生まれて なにをして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ!
時は はやく過ぎる 光る星は消える
だから 君は行くんだ ほほえんで
子ども向けのアニメのテーマソングとしては、とても重い表現です。
この歌詞が生まれた背景には、やなせ氏の悲惨な戦争体験、そして弟の戦死という悲しい出来事があったのですね。
というわけで、「あんぱんの日」にアンパンマンを思い、普遍的な正義とは何か、ということを考えてしまったのでした。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2018.4.4記)