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【東日本大震災】・・・忘れてもいいことは忘れていいけど、昨日と変わらぬ日常が今日もここにあるのなら感謝の気持ちを忘れてはいけない

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(画像出典元はこちら

今から10年前の2011年(平成23年)3月11日金曜日、午後2時46分。三陸沖を震源とする国内観測史上最大規模のマグニチュード9.0の地震が発生しました。

「東日本大震災」

東北や北関東を中心に最大震度7、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の8県で震度6弱以上を観測した大地震です。

その直後に福島県相馬市で9.3メートル以上、宮城県石巻市で8.6メートル以上、岩手県宮古市では8.5メートルの高さとなる大規模な津波が広範囲にわたって沿岸部に押し寄せ大きな被害をもたらしました。

災害関連死を含めてこれまでの死者は、1万9747人、行方不明者は2556人、全壊した住家被害は12万2005戸に上っています(21年3月1日現在)。発災直後の避難者は約47万人。仮設住宅などの入居者は最大で約12万4000戸に及びました。

その後、避難者数は21年2月8日現在で約4万人、仮設住宅の入居戸数は21年3月までに931戸に減っています。(こちらの記事参照)

いちばん忘れちゃいけない日

以下は、以前目にした被災された方の言葉です。

3月11日を忘れないようにしよう、ということは、よく言われます。

しかしその日は、忘れないようにする日ではなく、忘れられない日です。

忘れたいのに忘れられない日が3月11日です。

いちばん忘れちゃいけないのは、なんてことない、ほんとうになんでもない日々です。

幸せだったはずの、前の日なんじゃないかと思います。

忘れてもいいことは、忘れていい

あれから10年が経ち、ともすれば記憶が “風化” していることに気付かされます。でも、被災された方にとっては、風化しようがない出来事だったはずです。

人間はどんなに悲しいことがあっても、「日にち薬」のお陰で長い時間をかけて悲しみを癒やすことができます。

でも、昨日まであった当たり前の生活、家、思い出の品々・・・そうしたものが津波に押し流され、さらに、愛する家族・家族も同然のペット・親戚・友人の多くを失った悲しみは、10年ごときの時間では到底癒えるものではないでしょう。

最近見たある報道番組で、震災当日に生まれまもなく10歳の誕生日を迎える男の子のご両親が話していました。その子が生まれて最近まで「誕生日、おめでとう!」となかなか言えなかった。それが、やっと心の底から「おめでとう!」と言えるようになった、と……。

あの日から周りに気兼ねして、笑ってはいけない、はしゃいではいけない、喜んではいけない、という自縄自縛の鎖が自分を縛り付けていたそうです。そして、ある瞬間あの日のことを忘れている自分に気づき、自責の念にかられることもあったとか。

忘れようとしても忘れられないことは無理に忘れる必要はないと思います。でも、忘れてもいいことは、できるなら忘れていいと思うのです。

昨日と変わらぬ何気ない日常が宝物

俵万智さんの歌集「サラダ記念日」には、次の歌が詠まれています。

「寒いね」と 話しかければ「寒いね」と 答える人のいる あたたかさ

昨日までの何気ない日常を、地震・津波・原発事故は根こそぎ奪っていってしまいました。昨日まで話しかければニッコリ微笑んで答えてくれたあの人を、一瞬で奪っていってしまいました。

それを考えれば、昨日と変わらぬ日常が今日もここにあるのなら、それは小さな奇跡といえるのかもしれません。

ある意味、人生観・死生観を一変させるような出来事が起きたあの日。その記憶を風化させることなく、これからもこの日常を慈しみ過ごしていきたいと思う10年目の日なのでした。

・・・・・・
さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!

・・・・・・・・・・・・
(2021.3.11記)

富田 邦明

IT関係のコンサルタントをしております。
業務効率化・システム改善だけでなく、経営者視点のリスクマネジメントも同時に行い、人とテクノロジーのシナジー(相乗)効果を最大限にすること、そして、活き活きとした雰囲気で働ける環境作りを目指しています。

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