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さて、「今日の一言メモ」第730回です。
「初心忘るべからず」
この言葉は、誰もが知っている言葉だと思います。一般的には、何事においても、始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けていかねばならないという戒めとして使われています。
ただ、元々は能を大成した世阿弥 (ぜあみ) が50歳半ばに書いた『花鏡 (かきょう) 』という伝書に記された言葉で、もう少し複雑で繊細な意味を持っているそうです。
(出典 : NHKテキスト)
ここに示された通り、世阿弥が言う「初心」は「最初の志」に限られていません。世阿弥は、人生の中にいくつもの初心があると言っています。若い時の初心、人生の時々の初心、そして老後の初心。それらを忘れてはならないというのです。
それぞれの時期に、自分の未熟さに気付く謙虚さが必要と説いています。
「守・破・離」
守破離(しゅはり)とは、剣道や茶道などで、修業における段階を示したものです。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。
「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。
「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
世阿弥が説く「初心」のそれぞれの段階に通じるもがあります。
どの段階に達しても、まだまだ上の段階があるのだと自らを戒め、慢心することなくその道を更に究めていくということでしょうか。
いつまでも謙虚でいるために、ソクラテスが残した次の言葉を忘れないようにしたいと思います。
「私が知っているのは、自分が何も知らないということだけだ」
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2021.5.29記)