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さて、「今日の一言メモ」第253回です。
「以心伝心」
「以心伝心」とは、言葉や文字を使わなくても、互いの気持ちが通じ合うことの例えですね。
元は仏教用語で、特に仏教の宗派の一つである禅宗で、言葉や文字では表せない奥深い仏教の真髄を、師から弟子の心へ伝えることを意味したそうです。
『景徳伝灯録』に「仏の滅する後、法を迦葉に対し、心を以て心に伝う」とあるのに基づくとか。迦葉は釈迦の十人の優れた弟子のうちの一人です。
コンピューター同士が初めて接続されてから60年
さて、今日10月29日は、今から60年前の1969年 (昭和44年) に、今のインターネットの原型であるARPANET(アーパネット、Advanced Research Projects Agency Network)が稼働し、コンピューター同士の接続が世界で初めて行われた日です。
それからコンピューター同士を結ぶネットワークは、軍事利用を目的として発達し、一般には、1995年 (平成7年) に発売されたWindows95によって普及が進みました。
そして、iPhoneが発売された12年前から、手のひらサイズのスマートフォンでインターネットをベースとしたコミュニケーションが可能となり、さまざまなツールが発達しました。
今やLINEをはじめとするSNSによって、言葉や文字だけでなく、スタンプ・画像・動画によって多彩なコミュニケーションが図られています。
昭和の時代は阿吽の呼吸が求められた
そういえば、昭和の時代の夫婦では、頑固オヤジが奥さんに向かって「オイ、あれを取れ」「オイ、これをしろ」と具体的な内容を告げずに命じて、奥さんは長年連れ添った経験から的確に推察して、謂わば以心伝心で間違えずに対応する、という風景が見られました。
会社組織でも、上司の思いを汲み取って行動するなどの「忖度」は当たり前に求められていたように思います。忖度とは、本来社会人として身につけるべきもので、現在使われているような悪い意味ではなかったのです。
今は長年連れ添った夫婦といえども、お互い独立した社会活動を営んでいることも多く、きちんと言葉にして伝えないと、いろいろ齟齬が生じます。
物事も複雑になっているので、なかなか阿吽の呼吸で、というのが難しい時代になったように思います。
阿吽の呼吸が通じる友は一生大切にする
それでも、ごく少数の友とはツーと言えばカーの関係が築くことができるかもしれません。
そうした友を得たら、一生の宝物として大事に付き合っていきたいですね。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2019.10.29記)