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さて、「今日の一言メモ」第709回です。
「哲学の日」
今日4月27日は「哲学の日」です。この記念日は、紀元前399年4月27日に、ギリシアの哲学者・ソクラテスが、時の権力者から死刑宣告を受け、刑の執行として獄中で毒を飲んで亡くなったことに由来しています。
ソクラテスの妻クサンティッペが悪妻と言われていることから「悪妻の日」ともされています。
ソクラテスは、アテナイ(現在のアテネ)で活動し、対話的問答を通じて相手にその無知(無知の知)を自覚させようとしましたが、アテナイ市民には受け入れられず、告発され死刑判決が下されてしまいました。
弟子たちは脱獄を勧めましたが、「悪法も法」と言って毒杯をあおったとされています。
「哲学」とは?
哲学というと、アリストテレスやセネカ、カントやキルケゴールといった名前を思い浮かべて、どうしても難しそうだと思ってしまいます。
で、哲学とはなんぞや?と調べてみると、例えばWikipediaではその説明の一部に次のような記載があります。ちょっと難しいですね。
哲学の目的は思考の論理的明晰化である。
哲学は学説ではなく、活動である。
哲学の仕事の本質は解明することにある。
哲学の成果は「哲学的命題」ではない。諸命題の明確化である。
思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明晰にし、限界をはっきりさせねばならない。
—ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、『論理哲学論考』、野矢茂樹訳、岩波文庫、2003年、51頁より
また、YAHOO!知恵袋のベストアンサーに選ばれた回答に、次のような記載がありました。
さまざまな学問領域を網羅して、人としての立場から発言をする人が、哲学者の役割です。
哲学は、科学を束ね総合する立場に位置している学問です。
個々の学問では、答えられない「生と死」の問題や、「生甲斐」「愛について」「幸福とは何か」「美とは何か」などが対象分野となっています。
自分の人生を「いい方向」に向けて、より良い人生を生きる知恵を、偉大な先人から学んで行けるのが、哲学の意義です。
現在直面しているいろいろな問題に、哲学はその本当に正しい答えを与える可能性が、大いにあります。
哲学的に考える
乱暴に要約すると「哲学とは、どう生きるか、を考えること」といえそうです。
1+1=2のように明快な答えがない問題に対して、いくつも正解があるような問題に対して、ある導きをするのが哲学の役目かもしれません。
そして、こうした問題については、先人たちが様々な書物などで知恵を残してくれています。ここはその知恵に大いに学びたいものです。
書物を読んで先人たちの知恵を学ぶことを、「巨人の肩に乗る」という言い方をします。自分一人では見えなかった世界が、あたかも巨人の肩に乗ったように見渡すことができるからです。
10年前の3.11を経験してから、何気ない日常の一コマ一コマがどれほどありがたいことか思い知りました。そして、今日もつつがなく過ごせることがどんなに幸せなことか、と思うようになりました。
今朝も元気に目覚めて、肩こりをしているくらいで他に身体の痛みなど感じないでいることに感謝しました。
こうしたことも哲学的に考えている証左なのかもしれません。
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2021.4.27記)