閑話休題。
さて、ふと確認したら、今日10月19日は、29年前の1987年に「ブラックマンデー」が起きた日でした。
1987年といえば、僕が31歳で京都に住み、新婚生活2年目を送っていた年です。この年は、バブル真っ盛りでいろんなことがありました。
「ブラックマンデー」とは?
「ブラックマンデー」とは、史上最大規模の世界的株価大暴落のことです。ニューヨーク株式市場の暴落を発端に、世界同時株安となりました。当日が月曜日だったことから「暗黒の月曜日 (あんこくのげつようび) 」ともいわれています。
翌日には、アジアの各市場にこれが連鎖し、日経平均株価は3,836.48円安 (14.90%↓) の21,910.08円と過去最大の暴落を起こしました。更にこの連鎖は、ヨーロッパの各市場へも広がっていきました。
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しかし、このときの証券市場の激震は、その後の金融当局による適切な対応の結果、実体経済へ甚大な被害をもたらすことはありませんでした。
バブル景気
日本がバブル景気だった期間は、1986年 (昭和61年) 12月〜1991年 (平成3年) 2月までの4年3か月 (51か月) 間を指します。この期間は、株式や不動産を中心にした資産が過度に高騰し、経済が膨張しました。
1980年代後半になると、皇居の土地価格でアメリカのカリフォルニア州全部が買えるとか、東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるほど、日本の土地価格は高騰しました。
当時、それを聞いたアメリカ人が「クレイジー!」と叫んだそうですが、日本人は誰も異常だと感じていなかったのです。
日経平均株価は、1989年 (平成元年) 12月29日の大納会には、史上最高値38,957円44銭を付け、資産価格のバブル化が起こっていました。
1987年にあったこと
では、ブラックマンデーが起こった1987年は、どんなことがあったのでしょう。
バブル関係では、地価が高騰し、財テクブームが到来しました。安田火災海上 (現・損害保険ジャパン日本興亜) が、ゴッホの「ひまわり」を約53億円!で購入し、大きなニュースになりました。
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銀座の土地が、1坪1億円を突破し、土地を買い漁る「地上げ屋」が暗躍しました。この頃は、土地を買って転売するいわゆる「土地転がし」で儲ける輩が多かったのです。
また、ボディコン (ボディコンシャス) を身に纏った女性が、夜な夜な「ジュリアナ東京」のお立ち台で踊っていたものです。
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その他、携帯電話が初めて登場し、靴下の「通勤快足」やアサヒ「スーパードライ」がヒットしました。
朝シャン、カウチポテト、花金、ゴクミ (後藤久美子) などが流行語となり、「サラダ記念日」(俵万智)、「ノルウェーの森」(村上春樹) 、「別れぬ理由」(渡辺淳一) などがベストラーになった年でした。
そして、この年の日本レコード大賞は「愚か者」(近藤真彦) 、日本有線大賞は「命くれない」(瀬川瑛子) でした。
映画では、「ハチ公物語」が大ヒットしましたが、日本アカデミー賞とブルーリボン賞は「マルサの女」がダブル受賞しました。
テレビでは、あの明石家さんまと大竹しのぶが共演し、結婚のきっかけとなった「男女7人秋物語」が、最高視聴率36.6%を獲得して、年間1位となりました。
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さて、あなたが覚えていたことは、いくつあったでしょう?
え?生まれてない?こりゃ、また失礼しました。(笑)
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というわけで、今日はここまでにしますね。
ではまた!
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(2016.10.19記)