さて、自分をアップデートするために必要なものについて、以下のような記事をアップしてきました。
今日も続けます。
自分が知らないことを知り、公言する重要性
自分をアップデートするために、「新たなコンフォートゾーン (快適な領域) 作り」を進めている過程で、僕の脳内アンテナにさまざまな情報が引っかかってきました。
今日ご紹介するのは、倉下忠義さんが書かれた『「無知」の技法』で世界と向き合う、という記事です。
『「無知」の技法』で世界と向き合う | シゴタノ!
第一に、彼女は自分が「分かっていない」ことが分かっています。理解しているものとそうでないものとの線引きがハッキリしているのです。 第二に、彼女はそれを認めるだけの勇気があります。 …
冒頭で、倉下さんは次のように書かれています。
「私、分かりません」というセリフには、学びにとって必要なものが凝縮されています。
それは、第一に自分が「分かっていない」ことが分かっていること、第二に言った本人にはそれを認めるだけの勇気がある、ということです。更に、そのことをちゃんと表明しています。
知らないことを知らないと言える勇気
いい大人になってくると、「知らない」という状態は居心地が悪く、さらに知らないことを人に知られるのは恥ずかしい、という心理がますます強くなってきます。
そうなると、ついつい「知ったかぶり」をしてしまいます。誰でも大なり小なり覚えがあるのではないでしょうか。
恥をかかないために、一生懸命学び知識・知恵を身につけることにエネルギーを向ければ良いのですが、「知ったかぶり」がいつのまにか「知っているつもり」になって、学びを忘れてしまったら怖いですね。
何度も書いている通り、僕は申年生まれの年男で、3月にはめでたく還暦を迎えます。
悩みも惑いも煩悩も、掃いて捨てるほどたくさん身の内に抱えていますが、世間的にはそれこそいい大人です。
惚けるまでは、まだ間があります (あると思いたい…(^^; ) ので、いい大人としてなんでも訳知り顔に物を言いたくなる誘惑に駆られます。
とはいえ、そんなことを続けていたら、自分をアップデートできなくなってしまうでしょう。
ま と め
というわけで、この世の中に自分が知らないことなど、それこそ無数にあるわけですから、少々の知識をひけらかすのではなく、好奇心旺盛に過ごしながら、知らないことを知り、そのことを堂々と口に出していきたいと思います。
それで、人に迷惑をかけるわけでもありませんしね。
ただ、恥ずかしい思いをするかもしれませんし、他人様に笑われるかもしれませんが、そんなことはものともせずに (厚顔無恥に) 、年若い人に対しても「ねーねー、それってどういうこと?」と厚かましく聞いていこうと思います。
もしかしたら「ググれ、カス!(Googleで調べろよ) 」と、思われてしまうかもしれませんけどね…(^^;
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さて、今日はここまでにしましょう。
ではまた!
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(2016.1.19記)